山田 努さん
インタビュー公開日:2020.01.27

日本酒に欠かせない酒母づくりを担当。
『元気な酵母』を育てる大切な仕事。
北海道を代表する酒造メーカー、男山。明治中期、北辺警備のため旭川に置かれた陸軍第七(だいしち)師団の需要を満たす役割を担い、以来、旭川の酒として根づきました。同社の製造部製造課に所属する山田努さんは現在、酒母(しゅぼ)づくりを担当しています。
「酒母づくりというのは、アルコール発酵を司る酵母を増殖させる過程。お酒の元になる醪(もろみ)をつくるために欠かせない作業です」
酒母は、蒸米・麹・水を混ぜ、そこに酵母を加えたもの。山田さんがつくるのは、速醸酒母といって、およそ14日間で出来上がります。これをタンクに入れ、麹・蒸米・水を加えて発酵させると日本酒が完成します。
「この仕込みと呼ばれる段階を、予め小さなスケールで行い、タンクに入れた時にしっかりと発酵を進めてくれる『元気な酵母』をつくることが私の役割。温度管理が決め手になります」
酵母を育てるには一定の温度が必要ですが、上げ過ぎると発酵が進み過ぎます。その感覚は、経験でしか得られない部分も多いと山田さんは話します。
知識もまったくないゼロスタート。
先輩の励ましで成長できた13年。
地元の工業高校で工業化学を学んだ山田さん。13年前に男山に入社したきっかけは、担任の先生の推薦でした。ただ、仕事も、業界のことも知識はありませんでした。
「地域の老舗企業なので、社名は聞いたことがありましたし、地元で就職できることには魅力を感じましたが、本当にまったくのゼロスタート。最初は、大変さも感じました」
当初の配属は調合という仕事。同じ銘柄でも仕込むタンクによって微妙に成分などが異なるため、それらをブレンドして規定の値に整えていく作業です。製造を統括する上司から指示を受けて、指定量のお酒を移動させますが、慎重に扱わなければ風味が変わってしまうなど、デリケートな作業なのだそうです。
「慣れないうちはうまくいかなかったり、手順を間違えて叱られたり……。自分にはできないのではないかと考えたこともありました。でも、そんな時、先輩にかけてもらったひと言に、とても励まされました」
何ごとも最低3年、できれば5年続ければきっと身に付く。だから、もうひと頑張りしてみないか。自分の姿をしっかり見ていてくれたことがうれしく、そのおかげで成長することができたと振り返ります。
高級なお酒「吟醸酒」の酒母を担当。
出来栄えを判断する利き酒の勉強も。
日本酒には、さまざまな種類があります。そのなかでも、香りの良さで知られるのが吟醸酒。酒米を60%以下に精米し、お酒の雑味の元となるでんぷんなどを減らして醸造する、ちょっと高級なタイプです。山田さんは最近、この吟醸酒用の酒母づくりも担っています。
「吟醸酒は仕込む量が少ないため、一般のお酒よりも温度管理をこまめに行う必要があります。酒母づくりということでは同じですが、より慎重さが求められますね」
一般的なお酒は最終的に成分の調整などを行いますが、吟醸酒はいわば一発勝負。そのまま、日本酒の鑑評会にも出品されます。製造データの管理と同時に、最終的には上司が利き酒をしてでき栄えを判断するのだそうです。
「自分も利き酒の技術を高めていきたいと思い、業界で行われている講習会にも参加しています。香りは、数値や言葉になりにくいので難しいものですが、数をこなし、経験を積んで覚えていくことを目標にしています」
こうした講習会は、同じ酒造りを行う他社の技術者と交流し、情報交換を行うためにも、有効な場となっているそうです。
顕微鏡で酵母の数を調べて研究。
目で状態を確認する感覚を得る。
酒母づくりは、酵母の活動・成長を左右する温度管理が要ですが、温度だけを見ていればいい、というわけではないとは山田さん。
「酒母の状態を目で確認し、作業を開始してからの日数と照らし合わせて酵母のでき具合を判断する。そうしたスキルが求められますし、ようやく少し、その関係がわかってきたところです」
目には見えない、酵母のようす。それを知ろうと、山田さんはある時期、顕微鏡を使って酵母の数を数えたことがあるそうです。仕込みの段階から14日目まで、数えながらその経過を記録していきました。その結果、どのくらい温度を上げると、どんなふうに酵母が成長するか、また、どのような状態になったら温度を下げて進行を抑えなければいけないか、という感覚をつかめるようになりました。
「温度を下げると、酵母の動きは鈍くなりますが、それでも活発に動いているようすが観察できることがあります。感覚的な部分もありますが、やはり経験を重ねなければ見えてこない部分もあるんです」
大切に育てながら、甘やかし過ぎない。酒母づくりは、なんだか子育てのようです。
『おいしい』と言ってもらえる喜び。
酒づくりのすべてを身に付けたい。
「仕事をする上で、一番大切にしていること。それは、安全・安心です。お酒は、お客様の口に入る食品です。品質を保つことのほか、異物混入なども絶対にあってはならないと、常に気をつけながら作業を行っています」
技術者として、お酒の品質には当然、こだわりつつ、あくまでも食品製造業であることを忘れてはならないと、山田さんは言葉に力を込めます。
「正直に言うと、入社前には興味も関心もなかった仕事ですが、今は酒づくりの奥深さ、だからこそのおもしろさを感じています。自分がつくったお酒が店頭に並び、身近な人が飲んで『おいしい』と言ってくれる。その実感をストレートに得られるのも、この仕事の魅力だと思います」
将来的には醪づくり(仕込み)や絞り作業など、酒づくりに関する一連の流れをすべてできるようになりたいと話す山田さん。男山というブランドのこれからを担う、中堅技術者です。ただし、自己申告によると、お酒についてはたしなむ程度、なのだとか。
シゴトのフカボリ
清酒製造の一日
8:00
出勤すると、休憩時間以外はほぼ持ち場にいます。
朝は酒母を撹拌(かくはん)する櫂入れ・検温をするほか、3、5、7、10、14日目にはサンプルをとり記録。
日数に応じて最大20℃から5℃くらいまで温度を変化させて、酵母を適正に育てていきます。
シゴトのフカボリ
拝見!オシゴトの道具
温度計と櫂棒
酒母づくりの要は温度管理。毎朝、検温を行ってチェックします。また、温度ムラをださないよう、専用の櫂棒で撹拌しますが、米が溶けた状態の重たい液体のため、作業には慣れが必要です。
シゴトのフカボリ
みなさんへ伝えたいこと

「おいしい」と言っていただけることが、一番の喜び。酒づくりについて幅広く学びながら、地域の方から世界中の方々にも、その味を楽しんでいただける製品をつくっていきたいと思っています。

男山株式会社

1887年に、山崎酒造として創業。68年に「男山」の本家・木綿屋よりその名を正式に継承し、旭川の名水を用いて現代に伝統の味を伝えています。

住所
北海道旭川市永山2条7丁目1番33号
TEL
0166-48-1931
URL
https://www.otokoyama.com

お仕事データ

微生物の力でおいしさを!
醸造家
醸造家とは
発酵作用を自ら調整し、
おいしいお酒や食品を!

酵母や麹、イーストなど微生物の発酵作用を利用して、さまざまな食品や飲み物をつくる人が醸造家。日本酒やビール、ワインといったアルコール類、日本の伝統調味料である醤油や味噌、酢、さらにチーズやヨーグルトなども醸造家が手がるフィールドです。酵母や酵素の種類は多種多彩で、利用する環境によっても醸造の結果は大きく異なります。発酵作用を自ら調整し、おいしさを生み出せるのが大きな魅力。大手製造企業では機械化されていることがほとんどですが、小規模の場合は醸造家がすべての工程に携わることもあるようです。

醸造家に向いてる人って?
変化を見逃さない観察力と洞察力、
そして情熱を持っている人。

醸造は発酵過程において気温や湿度、作用時間の違いが出来上がりを左右する世界。わずかな変化を見逃さない観察力と集中力が必要な仕事です。一つの製品を完成させるまでに試行錯誤を繰り返すことから、粘り強さと研究熱心な姿勢も求められます。また、仕込み時期には徹夜に近い作業が続くことも少なくない仕事。自分が手がける食品やお酒に、大きな情熱を傾けられる人が向いているでしょう。

醸造家になるためには

醸造家になるために特別な資格は必要ありません。ただし、微生物の力を利用する仕事のため、生物学や化学、醸造学、バイオテクノロジーといった知識があると就職に有利に働きます。専門学校・短大・大学の醸造や化学にまつわる学科に進むのが一般的なコースです。その後は全国各地の酒造メーカーやワイナリー、食品製造企業に就職。実務を通して一人前に成長していきます。

ワンポイントアドバイス
個性的な商品を生み出す
小さな醸造所にも注目!

ここ最近は消費者のライフスタイルが変化し、ニーズも多様化しています。そのため、酒類にしても、チーズをはじめとする乳製品にしても、比較的小規模で個性的な商品を生み出す企業が目立ち始めています。クラフトビール(地ビール)や高品質な調味料の人気も高まっていることから、今後もしばらくはこの傾向が続くはず。こうした醸造所の数が増えれば、醸造家のフィールドも広がっていきます。