高野沙月さん
インタビュー公開日:2024.12.13

ハンター不足の救世主!?
「狩猟のDX化」で注目を浴びるサービス。
昨今、動物が市街地に出没したというニュースが盛んに取り上げられている通り、被害が全国的にも拡大しています。北海道庁によると全道の農林水産業被害額は、令和4年度では約60億円と深刻化、そのうちエゾシカによる被害が8割を占めています。一方で、シカやイノシシの肉を使ったジビエ料理の人気は右肩上がり。政府としても駆除した動物の肉をただ捨てるのではなく、「食肉」として有効利用しようと近年、普及に力を注いでいます。
しかし、肝心の動物たちを捕まえるハンターは高齢化が進み、担い手不足が問題になっているのが現状。そこでこの課題を解決する『救世主』として注目されているのが、高野さんが開発した「Fant(ファント)」です。
「Fantは農家、飲食店、ハンターの3者をつなぐマッチングサービスで、農家から『駆除して欲しい』の声、飲食店からは『ジビエが欲しい』という声が届くと、ハンターへオーダーされます。需要と供給を合致させることで、鳥獣被害の防止とジビエの利用拡大、そして収入の不安定なハンターを支えるというサービスです」
現在登録しているハンターは1800人、飲食店も350件に及びます。さらに、近年は札幌市と共同で実証実験を行うなど、現在、自治体をはじめ多方面から注目を浴びているこのサービス。しかし意外なことに、高野さんの前職はグラフィックデザイナーだったといいます。起業に至るまで、一体どのような道のりがあったのでしょうか…?
ジビエ料理店での運命の出合い。
デザイナーからハンターへ驚きの転身!
高野さんのご出身は音更町。小さな頃から絵を描くのが好きで、高校時代は美術部に所属。とりわけ油絵には夢中になっていたそうで、東京の美術を学べる大学へと進学し、卒業後はグラフィックデザイナーとして就職しました。多忙な日々であったものの、デザイナーの仕事には充実感を得ていたそうで、特別な不満もなく働いていたのだそうです。しかし転機は突然、訪れます。
「ある日偶然、友人とジビエ料理の店を訪れたんです。初めて食べた力強い味わいに『野生動物ってこんなに美味しいんだ!』と感激して。夢中で料理をほおばりながらふと顔を上げると、店内の壁に飾ってある猟銃のレプリカが目に飛び込んできて…。その瞬間『ハンターになれば食べ放題だ!』って思ったんです(笑)」
思い立ったらすぐに行動へと移すのが、高野さんの幼少期からの性格。すぐさまネットで調べたところ、ハンターに必要な狩猟免許は意外にも実技試験もなくカンタンに取得が可能だとわかります。その後、猟銃の所有申請手続きを経て、わずか半年ほどでハンターとして活動を始めることに。
「じゃあ早速やるぞ…と意気込んでも、東京では当然ながら猟をできる環境が身近にはありません。調べてみると、野生鳥獣肉の利用が最も多い都道府県は生まれ故郷である北海道。しかも地元である十勝近郊でも盛んと聞けば…。戻るという選択肢以外はありませんでした」
若手が多い一方、なぜハンター不足?
噂をきっかけにアイデアを発案。
2016年、高野さんは広告制作会社を退職し、上士幌町の地域おこし協力隊のメンバーとしてJターン。まちのデザインの仕事で生計を立てながら、猟友会に入りハンターとして活動を開始。実際に山に入ってみると、意外にも自分と同じ若手ハンターが多く在籍していました。にも関わらず「ハンター不足」だと言われているのはなぜか。高野さんは「他の地域の猟友会では、若手への技術継承や交流に問題を抱えている所も少なくない」という噂を耳にします。
「私の所属する上士幌の猟友会は移住者が多いという土地柄もあって、フレンドリーな方が多く、若手ハンターも馴染みやすい環境でした。ですが、他の地域ではそうではないと聞いて…、ハンターになるには地域のハンター達がつくる猟友会に入って先輩から教わるのが一般的です。しかし、せっかく若者が入っても、年の離れたベテランとのコミュニケーションが上手にいかなかったり、そもそも交流する場が無く会に馴染めなかったり。その結果、どこで狩猟をしたら良いのかすらもわからず、諦めてしまうと言うのです」
自分と同じように夢を志した若者が諦めざるを得ない状況。高野さんの心に芽生えたのは「自分がなんとかしなければ」という使命感でした。
「若手ハンターたちが狩猟のノウハウや猟場の情報を共有できる仕組みを作ろうと、知人のプログラマーと共に立ち上げたSNSが『Fant』です。でも、情報提供をする人が圧倒的に少なく、全然交流が生まれませんでした(笑)」
誰もやったことがないから、
勇気を出して突き進むしかない。
幾度もの試行錯誤を経て、ハンターと農家、飲食店をつなぐプラットフォームとして進化を遂げた「Fant」。高野さんはこの事業を軌道に乗せるべく活動し、投資会社からの支援を経て、2019年に起業を果たします。しかし、当初は苦労も絶えなかったそうで、「通帳を見ると数万円しかないという時期もあった」と当時を振り返ります。
「起業家の方なら皆さん同じだと思いますが、輝いているように見えて心の中は常に不安でいっぱいです。幸い十勝エリアは札幌に次いでスタートアップが盛んな地域で、行政や金融機関が支援してくれる機会も多くあり、さらに志を同じくする仲間たちにも囲まれています。皆さんが支えてくれたおかげで、なんとか今までやってこれたのだと感じています」
中でも特に印象に残っているというのが、立ち上げの時のエピソード。詳しく伺うと、高野さんは苦笑いしながら振り返ります。
「ある起業家の方へ悩みを相談しているうちに、気付けば号泣してしまったんです。そしたら、『バカだねぇ』って思いっきり笑われて(笑)。『とにかく、やってみるしかないんだよ。誰もやったことがないことに挑戦しているんだから、やってみないとわからないんだよ』って。その通りですよね。その言葉をきっかけに、とにかく自分の信じる道を進むしかないと覚悟を決めました」
将来の市場規模は1500億円!
可能性を無限に秘めた産業。
現在Fantは高野さんと、事務所に併設した食肉加工場のスタッフの2人で運営しています。高野さんは営業活動やメディアへの取材対応といった表向きの仕事だけでなく、毎朝近隣ハンターから届けられるシカを解体し、時には自ら猟銃を手に山へと向かうこともあるそうです。
「近年は食肉加工場で一般消費者向けに鹿肉の生ハムといった新商品の開発も行っています。2024年9月には札幌市の後援のもと『北海道ジビエ・狩猟フォーラム』というイベントを初開催し、ジビエ試食会も行って飲食関係の方々にその美味しさを実感してもらいました。少しずつではありますが、ジビエがこれからもっと普及していくだろうと、手応えを感じています」
さらに食肉としての利用以外にも、様々な可能性を秘めていると続ける高野さん。
「皮革を使った加工品の展開、食肉として不向きな部位を活用したペットフードの製造、ハンター向けのウェアやギア開発など、これまでになかった産業が誕生する可能性も考えられ、その市場規模は1500億円にものぼると試算しています。今後は私のように『狩猟やジビエが好き』という理由から働く人も、おのずと増えていくのではないでしょうか」
最後に読者へのメッセージを伺うと、こんな答えが返ってきました。
「とにかく『好きなことを極める』そのひと言に尽きます。仕事になるか、生計を立てられるかどうかは、後から全部ついてきます。恐れず突き進むと、必ず見えてくるものがあるはずです」
シゴトのフカボリ
起業家の一日
6:00
起床
ハンターからの電話で動物の回収へ
解体後、一時帰宅
10:00
デスクワーク開始
13:00
来客対応、営業、打ち合わせ等
16:00
再び動物の回収、解体
20:00
退勤
ハンターに会いに外出

ハンターに会いに外出

鹿肉の解体現場

鹿肉の解体現場

デスクワークも重要

デスクワークも重要

シゴトのフカボリ
みなさんへ伝えたいこと

はじめから儲かるか、儲からないかと考えていると、きっと挫折してしまいます。「好き」という想いを突きつめた所に、自分にしかできない新たな仕事が見つかるはずです。

株式会社Fant

2019年、上士幌町で設立。狩猟業界のDX化を目指し、WEBプラットフォーム「Fant」を開発・運営。鳥獣被害に悩む農家、食材を求めるジビエ料理店、ハンターをつなぐ同名のマッチングサービスを提供している。

住所
北海道河東郡上士幌町東3線247-4 かみしほろシェアOFFICE
URL
https://fant.jp

お仕事データ

自分の手で会社を設立!
起業家
起業家とは
世の中にないアイデアを実践!
課題を乗り越えイノベーションを生む。

自身のアイデアやビジョンを実現するために会社を設立し、その経営を担う仕事をします。立ち上げ段階では、事業計画の策定や資金調達など、会社の基盤づくりに注力。事業が軌道に乗り始めると、マーケティング戦略の立案、営業活動、人材採用・育成、財務管理など、会社の成長に必要な様々な業務をこなします。社員が増えてくると、組織のマネジメントやリーダーシップの発揮も重要な役割となるでしょう。一人で何役もこなしながら、常に新しい課題に挑戦し続ける職業です。

起業家に向いてる人って?
ビジョンに向かって情熱を持ち
行動を実践する人。

確固たるビジョンを持ちながら、実現するための情熱と行動力を備えた人です。新しいアイデアを考え出すことが好きで、変化を恐れず、ピンチをチャンスとして捉えられる柔軟性も重要。困難に直面しても諦めない強い精神力を持っている人が向いているでしょう。さらに、周囲の人々と良好な関係を築き、チームをまとめるリーダーシップがある人や、数字の管理といった経営感覚に優れた人も起業家に適していると言えます。

起業家になるためには?

起業家になるためには、経営に関する知識やスキルを身に付けることが必要です。財務、マーケティング、法務などの基礎知識は、大学や専門学校での学習、実務経験、セミナー参加、ビジネス書などを通じて習得できます。ただし、「起業」は目的ではなく手段です。まずは自分がどんな仕事を通じて、どんな課題を解決したいのか。自分の心に問い掛けたり、世の中に注目して、核となるビジョンを明確化していきましょう。

ワンポイントアドバイス
小さな規模からコツコツ…
スモールビジネスも視野に。

いきなり大きな会社を設立するのは、同じぐらい大きなリスクが伴います。まずは自分だけ、少人数だけでも確実に成果を出せる「スモールビジネス」からはじめ、成功を急がずコツコツと進めてみるのが賢明です。小さなアイデアでも、まずは自分の強みや、心に秘めた情熱を活かせるビジネスを見つけることから始めましょう。アイデアがない人は、様々な挑戦をしたり、人の助言からヒントを得られるかも知れません。