久保寺 祐己さん
インタビュー公開日:2018.06.14

微生物による発酵過程が
不思議で魅力的!
近年、空知エリアは北海道の新たなワイン産地として盛り上がり、ワイナリーも続々と誕生しています。岩見沢市宝水町に醸造工場とショップ、ぶどう畑を構える株式会社宝水ワイナリーもその一つです。醸造を一手に担っているのが久保寺祐己さん。ご出身は日本屈指のぶどう産地にして、ワイン王国でもある山梨県です。
「地元に暮らしていたのは未成年のころ。ワインにふれる機会は小学校の工場見学くらいでした。正直なところ、それほど興味は強くなかったんですよね」
ところが、大学の理系学部に進み、久保寺さんの人生が一変。講義の中で生物学の分野と出会い、とりわけ微生物による発酵過程の不思議さに取りつかれたというのです。
「散々悩んだんですが、大学を中退して醸造免許を持つ東京の専門学校に通い直すことにしました。ぶどうや米といった原料が、酵母や酵素など微生物の力でお酒に加工される瞬間がたまらなく魅力的で…マニアックですよね(笑)」
原料となるぶどうの栽培から、
携わってみたかったんです。
専門学校では日本酒やビールの醸造方法も学びましたが、久保寺さんが特に興味を抱いたのがワインの世界。その理由は?
「日本酒の原料は酒米、ビールの場合は麦芽。それらは生産者さんが手がけたり、輸入したりするケースがほとんどです。でも、ワインならぶどうの栽培から自分が携われる可能性が高いと考えました」
就職先に思い描いたのはぶどう畑を抱えるワイナリー。加えて、新しいチャレンジを試みることができる会社に狙いを絞ったそうです。
「宝水ワイナリーは自社栽培のぶどうからもワインを仕込み、しかも2004年に設立された若い会社。まだまだ成長過程にある分、トライできることも多いと感じました。まさに、自分の理想とピッタリ重なったんです」
ぶどうの栽培は、
先手を打つのが大切!
新人時代は、醸造責任者の先輩から仕事を叩き込まれたという久保寺さん。まずは土を掘り起こす農機やぶどうの実をつぶすプレス機、貯蔵タンクの冷却装置といった機械類の扱い方を学びました。
「ワイン醸造家というとスマートに聞こえるかもしれませんが、実際はぶどう畑に資材を運んだり、発酵した果汁を混ぜたりと力仕事も少なくありません。わりと泥臭くて体力勝負なんです(笑)」
雪解けの時期から9月ごろまではぶどう畑で汗を流すことが多いとか。剪定(果樹の枝の一部を切り揃えること)や仕立て(ツルや葉を棚などに這わせること)など、ほとんどが生産者としての農作業です。
「ぶどう栽培は、この日までにこの作業をするというように予めスケジュールを決めて動いています。雨が続いて湿気が多そうなら薬を使うなど、先手先手を打ってぶどうを育てるイメージでしょうか」
発酵中は状況が絶え間なく変化。
嗅覚と味覚、聴覚が頼りです。
ぶどうの収穫は9月中旬から11月初旬。そこからいよいよワインの仕込みが始まります。
「ぶどうの果汁が発酵している間は、絶え間なく状況が変化します。朝は良い香りを放っていたのに、1時間後には匂いが変わるなんてこともザラなんです」
発酵を促す微生物は目に見えません。香りの変化、果汁の味わい、発酵中のフツフツという音。それらを嗅覚と味覚、聴覚をフル活用して感じるのが大切です。
「違和感を察知したら果汁の混ぜ方や温度帯を変えたり、空気にふれさせたり、その都度異なる対処をしています。昨年、一人立ちしたころからようやく感覚がつかめてきたところです」
ワインを仕込む1~2カ月間は、久保寺さんにとって真剣勝負。この時期ばかりはほとんど休みを取ることはなく、細かな反応の変化も見逃さまいと神経を研ぎすませながら醸造と向き合っています。
醸造中は自分の体を
休ませるのも仕事のうち。
ワインの仕込みは当然ながら年に一回。前年の課題をクリアし、より良い一杯を醸すチャンスも一度きりなのです。
「だから、醸造の時期は気合い満点。ただし、体調管理のためにも作業スケジュールを調整することを徹底しています。自分の体を休ませることも仕事のうちですからね」
怒濤の仕込みが終わり、ぶどう栽培が始まるまでの1~3月はようやく人心地つく時期なのだそうです。お話を聞いていると、決してラクとは言えないお仕事。久保寺さんの原動力は何なのでしょう。
「ワインづくりは会社の行方を左右するといっても過言ではありません。社長をはじめスタッフの思いや希望を一心に背負うのが醸造家。だからこそ、おいしいワインをつくらなければならないという気持ちが湧き上がってくるんです」
久保寺さんが目指すのは岩見沢の人々が誇りを持てるワインづくり。来年、再来年、その先とますますおいしさを進化させていきたいと表情を引き締めました。
シゴトのフカボリ
ワイン醸造家の一日
8:30
出勤
9:00
発酵中のワインの分析
9:30
醸造作業
12:00
昼休憩
13:00
醸造作業
17:00
発酵中のワインの分析
17:30
退勤
シゴトのフカボリ
拝見!オシゴトの道具
比重計
絞り出したぶどう果汁の糖分を計る時に使います。糖度の高さはぶどうの成熟が進んでいるかどうかの目安。糖度が十分に高い場合は、酵母が働きやすいといわれています。

株式会社宝水ワイナリー

岩見沢市宝水町にワイナリー兼ショップと自社のぶどう畑を展開。「テロワール(フランス語で土地を意味する言葉)のとけ込んだ手工業のワイン」をモットーに宝水エリアだからこそ表現できる味わいを追求。自社農園で収穫されたぶどうを100%使用した「雪の系譜」や「RICCA(リッカ)」シリーズが人気。

住所
北海道岩見沢市宝水町364-3
TEL
0126-20-1810
URL
http://housui-winery.co.jp/

お仕事データ

微生物の力でおいしさを!
醸造家
醸造家とは
発酵作用を自ら調整し、
おいしいお酒や食品を!

酵母や麹、イーストなど微生物の発酵作用を利用して、さまざまな食品や飲み物をつくる人が醸造家。日本酒やビール、ワインといったアルコール類、日本の伝統調味料である醤油や味噌、酢、さらにチーズやヨーグルトなども醸造家が手がるフィールドです。酵母や酵素の種類は多種多彩で、利用する環境によっても醸造の結果は大きく異なります。発酵作用を自ら調整し、おいしさを生み出せるのが大きな魅力。大手製造企業では機械化されていることがほとんどですが、小規模の場合は醸造家がすべての工程に携わることもあるようです。

醸造家に向いてる人って?
変化を見逃さない観察力と洞察力、
そして情熱を持っている人。

醸造は発酵過程において気温や湿度、作用時間の違いが出来上がりを左右する世界。わずかな変化を見逃さない観察力と集中力が必要な仕事です。一つの製品を完成させるまでに試行錯誤を繰り返すことから、粘り強さと研究熱心な姿勢も求められます。また、仕込み時期には徹夜に近い作業が続くことも少なくない仕事。自分が手がける食品やお酒に、大きな情熱を傾けられる人が向いているでしょう。

醸造家になるためには

醸造家になるために特別な資格は必要ありません。ただし、微生物の力を利用する仕事のため、生物学や化学、醸造学、バイオテクノロジーといった知識があると就職に有利に働きます。専門学校・短大・大学の醸造や化学にまつわる学科に進むのが一般的なコースです。その後は全国各地の酒造メーカーやワイナリー、食品製造企業に就職。実務を通して一人前に成長していきます。

ワンポイントアドバイス
個性的な商品を生み出す
小さな醸造所にも注目!

ここ最近は消費者のライフスタイルが変化し、ニーズも多様化しています。そのため、酒類にしても、チーズをはじめとする乳製品にしても、比較的小規模で個性的な商品を生み出す企業が目立ち始めています。クラフトビール(地ビール)や高品質な調味料の人気も高まっていることから、今後もしばらくはこの傾向が続くはず。こうした醸造所の数が増えれば、醸造家のフィールドも広がっていきます。