坂田 将さん
インタビュー公開日:2023.08.08

熱した材料を取り出すことに始まり
分業制で作業するガラス製品づくり
「興奮のるつぼ!」と言えば、最高潮に盛り上がるライブなど、熱気漂う状態を表します。これは、さまざまな物質を高温で熱して溶かすための容器である「るつぼ(坩堝)」からきている言葉なのだそうです。坂田将さんの目の前にある、るつぼの中で溶けているのは、真っ赤に熱せられたガラスの材料。明治中期からガラス製品づくりが行われ、地場産業となっている小樽。東京で創業し、110年以上の歴史を持つ深川硝子工芸が2003年にこの地に設立した工場が、坂田さんの職場です。少し離れたところからでも、顔や腕に熱気を感じます。
「中が空洞になった長い金属の棒をるつぼに開いた穴に1センチほど差し込み、溶けたガラスを巻き取る”玉取り”と呼ばれる作業から、ガラス製品づくりの工程が始まります」
この最初の作業自体、一定の経験を要しないと正確に行うことのできない、難易度の高い技術なのだそうです。玉取りからスタートし、ガラス製品が仕上がるまでにはいくつもの工程があり、分業制で作業が行われていきます。
「ひと通りの工程は経験してきましたが、職人としては五合目以下、といったところでしょうか。日々、鍛錬しています」
坂田さんは入社9年目。それでも、ベテランと呼ばれるまでの道のりは、まだまだという、まさに技術の世界です。
何百、何千という数の製品づくりで
自然と技術が磨かれていく環境です
ガラス製品づくりといえば、金属の棒を空中で回しながらさまざまな形をつくっていく様子を、テレビ番組などで目にすることがあるでしょう。これは、宙吹(ちゅうぶ)きという技術。一方、深川硝子工芸が手掛けているのは型吹きガラスという技術です。
「二つに分かれる金属の型高温のガラスを挟み、息を吹き込みながら回転させて、形を作っていくというのが型吹きの手法です。釣一な製品をつくるのに適しています」
同社では、オリジナル製品に加えて、ガラスのブランドメーカーの製品を数多く受託製造しています。つまり、それだけ技術力が高いという証ですが、逆にいえば同じ製品を何百、何千とつくることも少なくありません。
「確かに同じことの繰り返し。ただ、その日、その時々によって微妙に違いがあって、何も考えず感覚的につくれてしまうこともあれば、同様の作業なのにどこかやりにくさというか”いずさ”のようなものを感じることもあるんですね」
だからこそ、飽きることがないし、自分でもわからないものの、調子がいい時の感覚が心地よいのだとか。なんだか、アスリートのようでもあります。
直接は手で触れられない溶けたガラス
道具を使って仕上げていく技術に驚嘆
もともと、ガラス製品に興味があったわけでも、特段ものづくりが好きだったわけでもなかったという坂田さん。「高校に届いた求人票を見た時、直感的に”おもしろそう”と感じたこと、さらに地元の企業だったことが入社理由でした」
今にして思えば、まさに運命的な出会いだったかもしれないと、9年前を振り返ります。ガラスづくりについての知識も、もちろんゼロでしたが、入社して作業場に立った途端、その直感が正しかったことを知ります。作業の様子を目の当たりにして、とにかくおもしろい!と思ったのだそうです。
「溶けたガラスは、もちろんですが熱くて、直接手で触れることができません。それなのに、いくつかの道具を使い、息を吹き込むことできれいなかたちに仕上がっていく様子を見て”なんて凄いんだろう”と感動したんです」
感覚だけを頼りに、ほとんど誤差なく製品を仕上げていく職人さんの様子に魅せられるとともに、普段、見慣れているつもりだったガラス製品づくりの世界と、その奥深さを感じた瞬間でもあったと話します。
完成目前の製品の「最終工程」
底を平らにならす作業からスタート
るつぼから玉取りを行って棒の先に付けたガラスの塊を下玉(しただま)と呼びます。小さな下玉に、さらにガラスを巻きつけて、これからつくる製品に必要な大きさにして型に入れる、というのが型吹きガラスの大まかな製造工程です。
「仕上がりの形になったガラスを専用の台に載せて、クルクル回しながら底に金属を当てて平らにするという工程が、入社後、一番最初に任された作業でした」
底を平らにしたガラスは、時間をかけて少しずつ冷却していきます。熱をもったガラスを急に冷やしてしまうと、ガラスの内部に歪みが発生し、変形したり割れてしまったりすることがあるのだそうです。
「底を平らにする作業をしていると、その前の工程――型にガラスを入れる作業、その前の玉取りの作業が目に入ります。”柔らかそうに見えるガラスを自分も触ってみたい”という気持ちが強くなっていって。そこから、とにかくたくさん、練習をしていきました」
早くその工程ができるようになりたい。熱いガラスを軽快に扱う先輩と同じ土俵に立つことを目標に、手を動かしていたそうです。
すぐにはできないことがあるから楽しい
意識せず感覚的にできるようになりたい
始業前に玉取りの練習をし、昼食もさっと食べて昼休みも練習。暇さえあれば練習して、技術を身につけて行ったという坂田さん。
「先輩の作業を見て、真似しながら覚えていきました。くやしいけど、できないことがあるということが楽しかったんです。しかも、それはすぐにできない。だからこそ、できた時の喜びも大きいんですね」
そんな坂田さんが現在担当しているのは、色のコントラストと繊細な模様が美しい切子(きりこ)ガラスの「外被(そとぎ)せ」という作業です。
「切子の色は、薄く伸ばした色ガラスを透明なガラスに被せることで生み出します。私はそのために色ガラスを吹いて薄くし、お椀という丸い金属容器に広げる作業を行っています」
繊細さとセンスが問われるというこの作業を、今は極めていきたいと坂田さん。どんな工程でも、感覚的に、意識せずにできるようになりたい。どれだけ、ガラスづくりを淡々とできるかそれが職人としての目標だそうです。作品づくり、ものづくりと構えることなく、仕事としてガラスと対峙することが楽しいのだと話します。
「でも、3階の見学通路に女の子がいると、つい意識して、ちょっとカッコつけますが(笑)」
まさに、現代の職人です。
シゴトのフカボリ
ガラス加工職人の一日
7:00
おにぎりなどを食べながら、生産の準備
8:00
生産開始
10:00
休憩
10:15
生産再開
12:15
昼食休憩
13:05
生産開始
15:05
休憩
15:20
生産再開
17:20
終業、帰宅
シゴトのフカボリ
みなさんへ伝えたいこと

同じ作業をしていても、うまくいかない感じがすることがあります。そんな時は一休み。気分転換を図ることで調子を整えます。がむしゃらに取り組むのではなく、自然体で臨めればさらに品質も向上すると思っています。

株式会社深川硝子工芸

1906(明治39)年に、専売局の塩壜の製造を開始。昭和中期からガラス食器の分野に参入、切子、車の廃ガラスを活用した製品なども手がけています。

住所
北海道小樽市有幌町2番3号
TEL
0134-31-3002
URL
https://fukagawaglass.co.jp/

お仕事データ

ガラスに個性や温もりを!
ガラス工芸職人
ガラス工芸職人とは
ガラスを自由自在に加工し、
世界に一つの作品をつくる仕事。

ガラス工芸職人は伝統の技術によって花瓶や小物から、コップやお皿などの食器、アンティーク風の作品などを作り上げる仕事。工房の多くは、明治時代に生活必需品であった石油ランプや、漁の際に使う浮き玉の製造を行っていた老舗の企業。その他、個人のアトリエも増えてきているようです。製法は「吹きガラス」に代表されるような、ガラスに熱を加えて形そのものを作るホットワークと、「切り子」のように冷えた状態で表面に加工を加えるコールドワークがあります。人の手で作られた作品には機械にない温もりや個性が宿り、オンリーワンであることも魅力です。

ガラス工芸職人に向いてる人って?
力仕事にのぞむ大胆さと
美しい造形をつくる繊細さをあわせ持つ人

ガラス工芸職人には、ガラス加工に関する高度な技術や深い知識が必要不可欠。また、ホットワークの場合、1000℃以上にもなる炉の前で長時間にわたり作業する上、吹き竿を操る腕や手にも負担がかかることから、体力があることも肝心です。こうした力仕事に向き合う大胆さを要する一方、自らの作品をこだわり抜いて手がける芸術的なセンスや審美眼といった、繊細さもあわせ持つ人がこの仕事に向いているでしょう。

ガラス工芸職人になるためには

ガラス工芸職人になるために、特別な資格や学歴は必要ありません。美術系・デザイン系の専門学校や大学、カルチャースクールなどで技術や専門知識を学ぶことはできますが、基本的には職人の元での修行が必須なので、まずは見習いとして弟子入りするのが近道です。その他、工房やメーカーに就職するといった方法もあるでしょう。またガラス工芸の伝統があるヨーロッパを筆頭に、海外で日本にはない技術を身に付けるという道もあります。

ワンポイントアドバイス
自分の好きなジャンルを探したり、
現代的な作品にも出合ってみよう!

一口にガラス工芸と言っても、日本人がイメージしやすい「吹きガラス」「江戸切子」の他にも、色鮮やかなベネチアングラスや琉球ガラスなどさまざまな種類がありますので、自分の好きなジャンルを探してみましょう。最近では伝統的な作風だけでなく、モダンな作品をつくり展示会を行っている「作家」と呼ばれる人も多くいます。展示会では作家自身も会場にいることが多いので、実際に会って話を聞くことで「伝統」にはとどまらない作品づくりへの知見が広がりそうです。

ほかにもあります、こんな仕事。