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七井 友哉さん
インタビュー公開日:2024.06.21

昔ながらの日本酒づくりを行う、
大正生まれの老舗造り酒屋。
麹(こうじ)のふくよかな香りに、モクモクと立ちこめる湯気。100年の歴史を感じる土壁の蔵を進むと、ブクブク…と酵母菌が発酵の際に出す炭酸ガスが抜ける音が聞こえてきます。音を辿った先で作業しているのは、七井友哉さん。3ヶ月前に入社したばかりで、蔵人(くらびと)とも呼ばれる日本酒づくりの職人です。
「これは櫂突き(かいつき)と呼ばれる作業です。水と麹、蒸したお米と酵母の入ったタンクを長い棒でかき混ぜて、発酵を促進させます。この巨大なタンクを一日に12個もかき混ぜなきゃいけないので、入社したての頃は毎日肩がバキバキの筋肉痛でした(笑)」日本酒づくりは、とっても繊細で複雑な工程です。まずは精米されたお米を洗い、それを蒸し、発酵させて麹をつくります。そこに蒸したお米と、酵母を入れた酒母(しゅぼ)をつくり、再び蒸したお米と水とを混ぜて…と、繰り返します。発酵が進んだ醪(もろみ)を搾るとそれが「原酒」となります。製品によってはろ過や殺菌のための加熱処理を行い、ようやく完成です。
「福司は昔ながらの造り酒屋ですので、手作業の工程も多いんです。製造工程を目の前で見たときは全てが新鮮で、立ちこめる湯気がまるで昇り龍のように見えたのを鮮明に覚えています」
順風満帆かのような人生…
でも「好きなこと」を選んで来なかった。
七井さんのご出身は苫小牧市、釧路には大学進学を機にやってきました。「初めて訪れた時から苫小牧と似た空気に安心感を覚え、どこか『ホーム』のような気がしたんです」と、当時を振り返ります。
卒業後はそのまま釧路に本社を置く商社へ就職。産業機械やプリンター等、主に企業向け商品の営業を担当していました。28歳のときに奥さまと結婚し、生活は順風満帆そのもの。生活にも不満がなかったといいます。
「ところがある日突然、体調を崩してしまったんです。今になって考えると、会社や仕事内容に不満はありませんでしたが、本当に自分がやりたいと思って働いていたというよりも、営業としてのプレッシャーに押されて働いていたんでしょう。それが塵が積もるように心を侵食していき、体調不良として現れてしまったのだと思います」
仕事を辞めて療養生活を送りながら、本当に自分のやりたい仕事が何かを探し続けた七井さん。求人誌をめくり、ふと目に入ったのが福司酒造の仕事でした。
「もともと日本酒が好きで、『福司』は釧路の居酒屋でいつも飲む『定番』と言えるお酒。でも、仕事にするとは今まで考えもつかなかったことでした。求人を見た瞬間に『この仕事があったか!』と、ビビッと来たんです」
酒蔵にジャズや洋楽!?
温かな雰囲気に驚き。
日本酒は温度に敏感なため、涼しい時期につくるのが一般的です。福司では10月に仕込みが始まり、5月上旬には全ての工程が終了。残りの季節は機械のメンテナンスや、企画や販促が中心となります。
「僕が入社した2月は1年の中で最も忙しい時期。にも関わらず、毎日先輩が各工程をていねいに教えてくれて、『やってみなよ』と実際に手を動かす仕事もさせてくれました。入社前の酒蔵のイメージは『怖い職人がたくさんいる所』。怒られる覚悟をしてきたのですが、上司や先輩たちがとても明るく和気あいあいと仕事をしていてビックリ。でもいちばんに衝撃を受けたのは、蔵の中でジャズや洋楽なんかのBGMが流れていたことです(笑)」
その理由を上司で取締役の梁瀬一真さんに問うと、こう答えてくれました。
「僕が入社した十数年前は、彼が想像するような職人の世界でした。でも教え方は『見て学べ』で、下積みに何年もかかり、若い人がなかなか育ちません。それでは技術の継承ができない、酒蔵の存続にも関わると危機感を覚え、若い世代に向けた働き方改革を進めてきたんです。機械や道具と違って、人が持つ技術や感覚は何物にも代えられない財産ですからね」
釧路だからこそ、
生み出せる味がある。
七井さんは職場だけでなく、さまざまな地域の銘柄を飲み比べ、自宅でも勉強を重ねているそう。「とはいえお酒が強い訳ではないので、あまり飲めないんですけど」と笑いながら、真剣な表情で福司の特徴について話してくれました。
「酒蔵は北海道から九州まで全国各地にありますが、その地の気候や風土、使うお米や水によって味や香り、余韻といった全てがまるで異なります。ここ釧路は海からやってくる霧の影響で夏は涼しく、冬は厳しい寒さという独自の気候を持つ地。その気候の影響が大きくて、一般的な蔵では冬の朝早い時間に『仕込み』と呼ばれる作業を行うため前日に洗米しますが、私たちの蔵では洗米したお米を一晩置くと凍ってしまうため当日に洗米し、午後から仕込みをします。こうした条件の全てが福司特有の『個性』を形づくっているんです」
ちなみに七井さんは試飲して、銘柄を当てるのはまだ難しいといいますが、「福司 純米酒」だけはすぐに当てられるのだそう。
「居酒屋で親しんできたという理由も大きいですが、他の酒に比べて米のうま味が際立って豊かで、香りが良い、独特な味わいなんですよね。これだけは胸を張って銘柄を答えられます(笑)」
100年先を見据えた
酒づくりを目指して。
前職とは打って変わってプレッシャーに追われることがなくなったという七井さん。取材中の明るい表情からも、楽しく働いている様子が見て取れます。
「福司は100年以上の歴史がある釧路の老舗なので、地元の人であれば誰もが存在を知っている、誇りある職場です。この秋には初めて自分が関わったお酒の販売も控えているので、これからが楽しみでなりません」
福司は近年、上司である梁瀬さんが主導となって若手蔵人による新ブランド「五色彩雲(ごしきのくも)」を立ち上げたり、SNSやネットでの情報発信にも力を入れたりと、伝統を守りつつ新たな挑戦も続けています。
「五色彩雲のキャッチコピーは『仕込んでいるのは、100年先を想う地酒』。実はこのメッセージに凄く共感したというのも、入社理由の一つだったんです。まずは一人前に認められるのが第一ですが、将来は自分も100年先まで、代々飲み継がれる酒づくりをしたいですね」
遠回りを経て自分の道を見つけた七井さん。手間暇をかけて醸した酒が深い味わいを生むように、苦労した経験が将来、新たな酒を生み出すのかもしれませんね。
新ブランド「五色彩雲」はこちら
シゴトのフカボリ
蔵人の一日
8:30
出勤、精米、櫂つき
10:00
休憩(30分)
10:30
甑(こしき/大きなセイロのようなもの)に米を入れる、麹づくり
12:00
昼休憩(1時間)
13:00
蒸かし上がり、仕込み
15:00
休憩(30分)
15:30
仕込み後の片付け、洗浄
17:30
作業終了、退勤
※仕込み期(11月上旬〜4月下旬)のスケジュール
シゴトのフカボリ
みなさんへ伝えたいこと

思い切ってチャレンジ!
酒づくりを全く知らない状態で、まさに飛び込むように入社しましたが、今は自分の好きな仕事ができて本当に満足しています。自分が心から「楽しそう」と思える方向に、思い切って挑戦をしてみてください。

福司酒造株式会社

1919年(大正8年)、初代梁瀬長太郎により、酒類、清涼飲料、雑貨、食品を扱う店として誕生。1922年(大正11年)に「福司」の醸造を開始。以来、100年以上にわたり酒づくりを行っている。近年は若手による新ブランド「五色彩雲(ごしきのくも)」の立ち上げなど、新たな挑戦にも積極的。

住所
北海道釧路市住吉2-13-23
TEL
0154-41-3100
URL
https://www.fukutsukasa.jp/

お仕事データ

微生物の力でおいしさを!
醸造家
醸造家とは
発酵作用を自ら調整し、
おいしいお酒や食品を!

酵母や麹、イーストなど微生物の発酵作用を利用して、さまざまな食品や飲み物をつくる人が醸造家。日本酒やビール、ワインといったアルコール類、日本の伝統調味料である醤油や味噌、酢、さらにチーズやヨーグルトなども醸造家が手がるフィールドです。酵母や酵素の種類は多種多彩で、利用する環境によっても醸造の結果は大きく異なります。発酵作用を自ら調整し、おいしさを生み出せるのが大きな魅力。大手製造企業では機械化されていることがほとんどですが、小規模の場合は醸造家がすべての工程に携わることもあるようです。

醸造家に向いてる人って?
変化を見逃さない観察力と洞察力、
そして情熱を持っている人。

醸造は発酵過程において気温や湿度、作用時間の違いが出来上がりを左右する世界。わずかな変化を見逃さない観察力と集中力が必要な仕事です。一つの製品を完成させるまでに試行錯誤を繰り返すことから、粘り強さと研究熱心な姿勢も求められます。また、仕込み時期には徹夜に近い作業が続くことも少なくない仕事。自分が手がける食品やお酒に、大きな情熱を傾けられる人が向いているでしょう。

醸造家になるためには

醸造家になるために特別な資格は必要ありません。ただし、微生物の力を利用する仕事のため、生物学や化学、醸造学、バイオテクノロジーといった知識があると就職に有利に働きます。専門学校・短大・大学の醸造や化学にまつわる学科に進むのが一般的なコースです。その後は全国各地の酒造メーカーやワイナリー、食品製造企業に就職。実務を通して一人前に成長していきます。

ワンポイントアドバイス
個性的な商品を生み出す
小さな醸造所にも注目!

ここ最近は消費者のライフスタイルが変化し、ニーズも多様化しています。そのため、酒類にしても、チーズをはじめとする乳製品にしても、比較的小規模で個性的な商品を生み出す企業が目立ち始めています。クラフトビール(地ビール)や高品質な調味料の人気も高まっていることから、今後もしばらくはこの傾向が続くはず。こうした醸造所の数が増えれば、醸造家のフィールドも広がっていきます。