阿部  凌さん
インタビュー公開日:2023.08.31

地域のなかで親しまれてきたお寺を、
後世へ伝えるという役割を持つ仕事。
十勝の清水町にある、真宗大谷派の寺院・浄蓮寺。星霜を経て風格が備わった本堂に近づくと、頭の上から時折、声が聞こえてきます。同時に、トントントンと何かを叩くような音。見上げると、大きな屋根に人が登り、修繕工事の真っ最中でした。
「古くなった屋根の修理工事を行っています。ただ、そのまま直すのではなく、将来行われる補修のことを考えて、屋根の形をまるごと変えているんです」
強い日差しに目を細めながらそう話すのは、社寺建築を手がける「株式会社おかげさま」の宮大工、阿部凌さん。従来の屋根よりも装飾を減らし、面積を抑えることで50年後、100年後の修理の際の手間と費用を抑えることも、今回のミッションなのだそうです。
「檀家さんのご理解を得ながら、地域で親しまれ、拠り所となってきた歴史あるお寺を後世へと伝えていく。宮大工としての担う大きな役割を、4年目にして改めて痛感していることころです」
そう言うやいなや、工事のために仮設された足場をスルスルと上って材料を運び、屋根の上の職人さんに声を掛けています。
応援に来てくれる数多くの大工さんの
技術に触れながら成長していける環境。
「現在の私の主な役割は、親方の指示を受け、同じ目線に立って、現場を担ってくれる大工さんに作業内容などを伝え、工事を進めていくこと。大工さんが効率よく動けるように段取りを考えたり、材料の在庫量について親方に随時、伝えることも大事な仕事です」
最近、阿部さんの後輩となる新人が入社しましたが、それまでは親方と阿部さんの2人体制。大きな工事になると応援の大工さんに入ってもらうことが多くなっていきます。常に複数の現場が動いていることから、阿部さんは4年目ながらも親方の代理として現場にいることも少なくありません。
「いろいろな大工さんが来てくれるという環境は、当社ならではの特徴だと思いますし、多くの方の仕事を見る機会があるのは、自分自身の宮大工としての技術を磨くという部分でも、恵まれていると感じます」
工事の中で同じものを作るにしても、大工さんによって、使う道具ややり方が異なる場合も多いといいます。さまざまな経験を通してそれぞれが会得してきた技術。まずはそれらをしっかりと見るようにというのは、親方の教えでもあるのだそうです。
宮大工への憧れの気持ちが引き寄せた、
最高峰の現場を知る親方との出会い。
「きっかけは覚えていないのですが、中学生のころから社寺建築に携わる宮大工に漠然とした憧れを抱いていたんです。大工ではなく、歴史や由緒のある建築を扱う宮大工。その想いは進路を決めるまで続き、工業高校を選び建築を学びました」
高校では、一般的な建築の現場実習などもあり、業界についても幅広く学びましたが、宮大工への関心は薄れませんでした。その中である日、たまたま「おかげさま」のことを知り、強く惹きつけられたのだと阿部さん。
「北海道、しかも地元の帯広に、宮大工を専門にされている方がいることを知り、強い縁を感じました。少し大げさかもしれませんが、この会社、そして親方に関する情報が私のところに来たのは運命とさえ思えましたね」
「おかげさま」の代表である菅原雅重さんは、大学卒業後に建築を学びはじめ、京都で社寺建築を手がける工務店で宮大工の技術を磨き、2005年から9年間にわたって行われた第62回伊勢神宮式年遷宮では副棟梁を務めています。いわば最高峰を見てきた親方のもとで学べることに喜びを感じていると阿部さんは語ります。
周囲の状況を常によく見ることが、
スムーズな現場の運営につながる。
建築の基礎は高校で学んだものの、現場の作業、ましてや宮大工の仕事について、知識ゼロの状態だった阿部さん。現場を整える清掃作業にはじまり、午前と午後にある大工さんの休憩の用意などを行いながら、現場の流れを横目で見て、覚えていく日々だったそうです。
「準備と段取りを行うことが、仕事の第一歩でした。大工さんより早く現場に着いて、その日の作業の準備をしたり、現場の状態を確認して、仕事をしやすいように環境を整えたり。できることは少なくても、考えて動く場面はたくさんありましたね」
『大工さんや職人さんのことをよく見なさい』これは、親方がよく阿部さんにかけていた言葉だそうです。周囲の状況をいつも把握することで、先んじて動き、結果として現場をスムーズに動かせるようなる。そんな意味が込められています。
「大工さんの動作ではなく、今、どの部分を作っているのか、作業に支障はないかといったことまで、視野を広げて見ることの大切さを教えられました。例えば、人手が足りなさそうならパッと駆けつける。言われる前に気付いて動けるように、頭の回転数を上げ、常に先を考えること。自分も手を動かすようになって、その大切さを痛感しています」
道具を使う加工作業が楽しい。
技術を高め、信頼を得ることが目標。
作業場で材料の刻み(加工)を行い、現場に運んで組み上げていくというのが工事の流れです。阿部さんは、技術力が求められるこの刻み作業も徐々に任されるようになってきたと、うれしそうに話します。
「大工職人として、道具を使って材料を加工する作業は、ずっと憧れていたこと。『ちょっと、ここの刻みをやってみるか』と任せていただいた時は、純粋に楽しいというか、『自分、大工さんみたい!』と勝手に感動していました(笑)」
仕事は常に100%でなければならないと日々、誠実に向き合う親方のもと、一定の時間内で全力を尽くして取り組む仕事には、特に技術的には発展途上のなかプレッシャーを感じることもあると正直に教えてくれる阿部さん。一方、それだけに、技術力を高めたいという強い意欲も感じられます。
「きれいに、正確に、早く作れる技術を身に付け、親方の信頼を得て、刻みの仕事を全面的に任せてもらえるようになることが目標です」
多くの社寺建築を経験し、宮大工として成長していきたいと話す阿部さん。中学生のころに感じた憧れは薄れることなく、そればかりか、ますます大きくなっているようです。
シゴトのフカボリ
宮大工の一日
7:30
現場到着
8:00
作業開始(工事の指示、ほかの大工さんのサポートなど)
10:00
休憩
10:20
工事の指示、ほかの大工さんのサポートなど
12:00
昼休憩
13:00
現場での刻み、工事の指示、ほかの大工さんのサポートなど
15:00
休憩
15:20
現場での刻み、工事の指示、ほかの大工さんのサポートなど
17:00
作業終了・退勤
シゴトのフカボリ
拝見!オシゴトの道具
玄能(げんのう)
入社すると、親方から玄能の頭の部分だけを渡されました。持ち手の部分は、自分で木を削って入れたもの。道具に魂を入れるというか、最初に仕込む道具です。難しかったですが、できた時はちょっと感動しました。
シゴトのフカボリ
みなさんへ伝えたいこと

大工さんはどんな作業をしていて、現場はどのような状況にあるか。足りないもの、問題点はないか。いつでも広い視点を持つように教えられましたが、これは宮大工に限らず、どんな仕事にも共通することだと思います。

株式会社おかげさま

神社仏閣などの修復に関わり、宮大工としての修行を積みつつ一級建築士の資格を持つ菅原雅重代表が2016年に設立。社寺=祈りの場づくりに取り組む。

住所
北海道帯広市東3条南8丁目16番地1
TEL
0155-67-5861
URL
https://okage-sama.com/

お仕事データ

職人技で木造建築物を!
大工
大工とは
美しさや機能を持ち合わせた
建築物をつくるのに欠かせない仕事。

木造を中心とする建築物の新築やリフォーム、修理などを手がけるのが大工の仕事。一般にノコギリやノミ、カンナなどを使い、建物の骨組みとなる柱や梁、壁、床などの下地を作り上げていきます。私たちがイメージするこうした木造住宅の建築に携わるのが「家屋大工」と呼ばれる職種。大工には他にも釘を使用しない木組み工法という手法を使って木造の寺社仏閣を手がける「宮大工」、建物の内装部分を仕上げる「造作大工」、コンクリート建造物の土台となる基礎を担う「型枠大工」など、多くの種類があります。いずれも、美しさや機能を持ち合わせた精度の高い建築物・構造物を建てるには欠かせない仕事です。

大工に向いてる人って?
手先が器用で精密な作業ができ、
チームプレーを大切にできる人。

大工はノコギリやノミ、カンナといった道具を使い、設計図にもとづいて木を加工するため、手先が器用で精密な作業ができる人が向いているでしょう。建築現場では予期せぬ問題に対応することもあるため、柔軟な思考と問題解決力を持つことも重要です。また、木材の運搬や高所作業もあるため、ある程度の体力があることも望まれます。大工は建築士、左官職人、内装業者、電気・水道・ガス工事業者など数多くの職業と連携することから、チームプレーが得意なことも素養の一つです。

大工になるためには

大工になるために必要な資格や学歴は特にありません。ただし、かつては中学校を卒業してすぐに大工の下積みとして就職するケースも少なくありませんでしたが、最近は大学や専門学校で木造建築や大工の基礎知識を学んだ新人を歓迎する傾向にあるようです。そのため、建築関連のコースを設置する専門学校や短大、大学に進み、工務店などに就職するのが一般的なルートとなりつつあります。

ワンポイントアドバイス
木造建築物は持続可能な選択肢。
最新技術を使った新しい大工の形も。

建築産業は常に需要があり、大工も人々の住宅や社会インフラに必要とされる安定した職業です。木材を使って建物や家具を作り出すクリエイティブな職業であり、木造建築は持続可能な選択肢として環境への配慮が求められることが多くなっています。環境に対する意識を持ちながら仕事ができるのも大工の魅力です。近年はCADや3Dプリンターなどのデジタルツールが使われることもあり、最新技術を駆使して新しい大工の形にチャレンジすることもできるでしょう。